「1TBを90秒」と「100万円以上」──決まっているのは金額のほうだった

この 1 週間で、AI と IT 投資に関する発表がいくつか出ました。
別々の話に見えるのですが、数字だけを並べると、ひとつの構図が浮かびます。
※ 専門用語が出てくるところは、その都度かみ砕いて書きます。技術の予備知識がなくても読めるようにしたつもりです。
2 つの数字
1 つ目。 大阪大学と NEC が、機微データ——ゲノムや医療情報のように、取り扱いに特に注意が要るデータのことです——を高速に転送する基盤を共同で構築したと発表しました(2026 年 8 月 21 日報道)。
実験装置のある研究所と、大型計算機のあるセンターが物理的に離れているため、その間を専用の光ファイバーで直結する、というものです。
発表に出てくる数字は、これです。
1TB(テラバイト)の研究データを、約 90 秒で転送できる見込み。
1TB がどれくらいか、少し補足します。スマートフォンで撮った写真なら、おおよそ数十万枚にあたります。ノートパソコンの内蔵ストレージが 512GB のものが多いので、その 2 台分と考えてもいい。
それが 90 秒。家庭の光回線で同じことをすると、条件にもよりますが数時間から十数時間かかる規模です。
2 つ目。 デル・テクノロジーズが「中堅中小企業向け IT 投資動向調査 2026」を公表しました(2026 年 8 月 21 日)。
こちらに出てくる数字は、これです。
AI・生成 AI に 100 万円以上を投資予定の企業は、68.1%。
前者は、成果の数字です。 何がどれだけ速くなるか。
後者は、投資の数字です。 いくら使うか。
そして——中小企業の側で、成果の数字を見かけることは、あまりありません。
予算は決まった。では、何を変えるのか
誤解のないように書いておくと、68.1% という数字自体は、良いニュースだと思います。
中小企業の AI 投資が「様子見」から「実際に金を出す」段階に入ったということですから。実際この調査は、AI・生成 AI が「本格投資対象に昇格している」と表現しています。
問題は、その次です。
予算が決まったからといって、何を変えるかが決まったわけではありません。
そして、ここに別の調査があります。
効果が出ている企業は、3 分の 1 強
日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)が 2026 年 1 月に実施した「企業 IT 利活用動向調査 2026」(調査協力:ITR)です。
※ 以下で DX という言葉が出てきます。この記事では、業務のやり方そのものをデジタル前提に組み替えること、という意味で使っています。紙を PDF にするだけではなく、誰が何をどの順番でやるかまで含めて見直すこと、と考えてください。
分析はこう述べています。
AI 活用はまだ試行段階にあり、本格活用に向けた取り組みの加速が求められる。 AI を実践・活用している企業は全体の 3 分の 1 強にとどまっており、業種・規模によって活用の深度に大きな格差が生じている。情報通信や大企業が AI 活用を牽引する一方、サービス業や中小企業では検討・試行段階にとどまる企業が多い。
ここで言う「実践・活用」と「検討・試行段階」の違いは、こう考えると分かりやすいと思います。
- 検討・試行段階——試しに使ってみている。個人が便利に使っているが、業務の流れは変わっていない
- 実践・活用——業務に組み込まれている。その人が休んでも、手順として残っている
投資は増えている。でも業務に組み込めているのは 3 分の 1 強。そして中小企業ほど、試している段階で止まっている。
別の記事で紹介した数字とも整合します。ガートナーの調査では「自社のデータ活用で全社的に十分な成果を得ている」は 2.4%。MIT のレポートでは「生成 AI 導入の 95% が業務の軸となる成果に結びついていない」とされていました。
複数の調査が、同じところを指しています。
そして、効果が出る条件は、すでに分かっている
ここからが本題です。同じ JIPDEC の調査に、効果が出る条件がはっきり書かれていました。
DX の実践段階が進むほど AI 活用も深化し、より広い業務領域で期待以上の効果が得られる傾向が明確に表れている。 特に部門横断的な業務においては、DX による業務の標準化やデジタル化が、AI 活用の効果創出に直結している。
言葉を置き換えると、こうなります。
| 調査の言葉 | 具体的には |
|---|---|
| 業務の標準化 | 同じ作業を、誰がやっても同じ手順でやる状態。担当者ごとにやり方が違わない |
| デジタル化 | 紙や口頭のやり取りが、あとから検索できる形になっている |
| 部門横断的な業務 | 複数の担当をまたぐ仕事。営業が受けた情報を経理が使う、現場が記録したものを事務が集計する、など |
| AI 活用の深化 | 試しに使ってみる段階から、日常業務に組み込まれた段階へ進むこと |
つまりこういうことです。
業務が標準化されている会社ほど、AI が効く。
当ブログではデータを整えるところから始める、どのファイルが最新かを決めるといったことを繰り返し書いてきました。同じ結論が、調査で裏づけられた形です。
そして——逆も言えます。
標準化されていない業務に AI を乗せても、効果は出にくい。予算を 100 万円に増やしても、そこは変わりません。
障壁は技術ではない。そして悪化している
もうひとつ、同じ調査から。なぜ進まないのかについての分析です。
DX 推進の障壁は、技術よりも組織・プロセス・文化にある。 DX の実践で生じている問題の上位は、組織間の連携不足、既存システムや業務プロセスの複雑さ、既存業務による現場の負荷であり、いずれも 2025 年調査から悪化している。
3 つとも、AI やツールの話ではありません。
| 挙がっている問題 | 具体的には | これは何の問題か |
|---|---|---|
| 組織間の連携不足 | 営業と経理で同じ情報を別々に管理している | 人と情報の流れ |
| 既存システムや業務プロセスの複雑さ | 何年もかけて増えた手順や例外を、誰も全体像を把握していない | 積み上がった過去 |
| 既存業務による現場の負荷 | 新しいことを試す時間が、そもそもない | 時間の余白 |
そして最後の一文が重いと思います。いずれも前年より悪化している。
AI の性能は上がり、ツールは増え、予算も増えた。それでも、この 3 つは悪くなっている。
なぜか。性能が上がっても、組織間の連携は良くならないからです。ツールが増えても、過去に積み上がった複雑さは減らない。むしろツールが増えたぶん、複雑さは増している可能性すらあります。
当事者も、同じところを見ている
補足として、もうひとつ。
AI エージェント——指示を受けて、自分で手順を考えて実際に作業まで進める AI のことです——の業界団体である AICX 協会が、AI 関連の展示会(2026 年 8 月)の来場者向けに、Web の自己診断ツールを提供しました。5 分程度の回答で、その組織が AI 活用のどの段階にいるかを測るというものです。
その結果として、弱点は「業務設計」にあると分析されています。ここで言う業務設計とは、どの作業を、どういう手順で、誰の責任でやるかを決めることです。
ただし、これは第三者による監査ではなく、来場者自身による 5 分の自己申告です。そして AI の展示会に足を運ぶ時点で、サンプルは AI に前向きな層に偏っています。
厳密な調査としては扱えません。
ただ、逆に言えば——AI に前向きな人たちが、自分で「業務設計が弱い」と答えているということでもあります。外から指摘されたのではなく、自覚がある。
「1TB を 90 秒」に戻る
冒頭の 2 つの数字に戻ります。
阪大と NEC の発表について、私たちは中身を知りません。どういう検討を経てその構成になったのかも、外からは分かりません。
分かるのは、発表に「1TB を約 90 秒」という数字があることだけです。
でも、それだけで十分に対照的です。
| 数字の性質 | |
|---|---|
| 1TB を約 90 秒 | 何がどれだけ変わるか |
| 100 万円以上 | いくら使うか |
投資の判断には、両方が要ります。 そして順番があるとすれば——前者が先だと思います。
いくら使うかは、何をどれだけ変えたいかが決まって初めて計算できるからです。費用の記事で「何を作るかが決まって初めて作業時間が計算できる」と書いたのと、同じ構造です。
予算を決める前に、答えておきたい 3 つ
実務的な話にします。100 万円を使う前に、この 3 つに答えられるかどうかです。
1. いま、いちばん時間を食っているのはどの作業か
金額ではなく、時間で答える。「月に何時間」でも「毎日 30 分」でも構いません。
答えられないなら、まずそこを測るところからです。測れないものは、減ったかどうかも分かりません。
2. その作業は、標準化されているか
JIPDEC の調査が示した条件です。同じ作業を、誰がやっても同じ手順でやっているか。
担当者ごとにやり方が違う、手元にそれぞれのファイルがある——という状態なら、そこを先に解くほうが早い。
3. 変わったかどうかを、何で判断するか
これを先に決めておかないと、1 年後に「効果があったのか分からない」になります。
商工中金の調査では「導入効果が測定できず、成果が見えにくい」が課題として挙がっていました。海外の AI サービスには「解決できた件数」で課金する仕組みがありますが、その数え方自体は、買わなくても真似できます。
まとめ
- この 1 週間の発表に出てくる 2 つの数字。「1TB を約 90 秒」と「AI に 100 万円以上」。前者は成果の数字、後者は投資の数字
- 中堅中小企業の 68.1% が AI に 100 万円以上を投資予定(デル調査)。これ自体は良いニュース。予算は決まった
- しかし AI を実践・活用している企業は全体の 3 分の 1 強。中小企業ほど試行段階で止まっている(JIPDEC 調査)
- 効果が出る条件は、すでに示されている。DX の実践段階が進むほど AI 活用も深化し、業務の標準化・デジタル化が効果創出に直結する
- そして障壁は技術ではない。上位は組織間の連携不足/業務プロセスの複雑さ/現場の負荷で、いずれも前年より悪化している
- 予算が決まっても、何を変えるかは決まらない。投資の数字より、成果の数字が先
「AI にいくら使うか」は、決まりつつあります。
「AI で何がどれだけ変わるか」は、まだ多くの会社で決まっていません。 そして調査を読む限り、そこが決まっている会社ほど、効果が出ています。
Acetyl:Tech の業務診断は、この「成果の数字」を先に置くための場です。 何に時間がかかっていて、どこから変えるか。作らない判断も含めて、現場を伺ったうえでお出しします。詳しくは「料金・進め方」のページをご覧ください。
出典・参考
- クラウド Watch「AI /生成 AI に 100 万円以上の投資予定企業が約 7 割に到達、デル・テクノロジーズ『中堅中小企業 IT 投資動向調査 2026』」(2026 年 8 月 21 日)
- JIPDEC「企業 IT 利活用動向調査 2026」集計結果および分析レポート ── 2026 年 1 月実施、調査協力:ITR
- ZDNET Japan「阪大と NEC、次世代データ転送基盤『RED-ONION』を構築 — 1TB を約 90 秒で転送」(2026 年 8 月 21 日)
- AICX 協会「組織の AI 変革フェーズを 5 分で可視化|AX フェーズ診断」(2026 年 8 月) ── 展示会来場者向けの自己診断ツール
- IPA「DX 動向 2026」 ── 日本企業の DX 推進と AI 活用の実態
※ 各調査は対象・時期・定義が異なります。数値の比較にあたっては、原典をご確認ください。
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