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あらゆるものをデータ化しよう──ラプラスのすゝめ

データ活用ログLLM分析意思決定マスキング業務改善中小企業

3 か月間、自分の生活を分刻みで記録し続けたことがあります。

何時に起きて、何をして、何分かかって、いつ寝たか。日記というより、ほとんど実験記録に近いものでした。それを LLM に投げて、分析させました。

出てきた結論のひとつが、これです。

どれだけ徹夜で頑張っても、中長期では睡眠時間の平均が特定の値に収束する。

削った日があれば、その後で必ず取り返している。つまり私にとって、睡眠を削るという努力は、まったく無意味だった。総量は変わらず、変わったのは日ごとのブレだけ。

これは感覚としては薄々分かっていたことでした。でも「薄々」と「立証された」の間には、決定的な差があります。立証されたことは、もう迷わなくて済む。 締切前に「今日は削るか」と考える時間そのものが消えました。

この記事は、その一連——記録し、分析させ、無駄な努力を消す——を、会社の業務でやる話です。


ラプラスの悪魔と、その否定

ピエール=シモン・ラプラス

19 世紀の数学者ピエール=シモン・ラプラスが、こんな思考実験を残しています。

ある瞬間の、宇宙のすべての粒子の位置と運動量を知る存在がいたとしたら、その存在にとって未来は完全に決定されており、すべてを予測できるはずだ。

後に「ラプラスの悪魔」と呼ばれるようになったこの考えは、20 世紀に否定されます。量子力学は「位置と運動量を同時に確定できない」ことを示し、カオス理論は「わずかな初期値の差が結果を大きく変える」ことを示しました。完全な予測は、原理的に不可能だと決着がついています。

だから「データを集めれば未来が全部読める」というのは、端的に間違いです。

ただ——ここが本題なのですが——ほとんどの会社は、その「不可能」の遥か手前で止まっています。

原理的な限界にぶつかって諦めているのではありません。そもそも測っていないから、分からないだけです。悪魔にはなれない。でもあなたの会社には、測れば数日で分かるのに、誰も測っていないせいで何年も「勘」で判断され続けている事柄が、いくつも転がっているはずです。

私の睡眠の話も同じでした。3 か月測るまで、私はそれを知らなかった。知らないまま、無駄な努力を続けていた。


なぜ、勘で決め続けてしまうのか

「うちにはデータがない」とよく言われます。でも実際に伺うと、データはたいてい存在しています

  • 売上は会計ソフトの中に
  • 問い合わせはメールと電話メモの中に
  • 作業時間は各自の頭の中に
  • 顧客の反応は営業担当の記憶の中に

問題は無いことではなく、バラバラで、繋がっていないことです。売上の推移と、そのとき何をしていたかが、別々の場所にある。だから「あの施策は効いたのか」に誰も答えられない。

そして繋がっていないから、判断はいちばん声の大きい人の印象で決まります。「先月は忙しかった」「あのやり方は効いた気がする」——検証されないまま、それが方針になる。

技術的負債の記事で「AI に乗るにはデータの土台が要る」と書きました。その土台の第一歩は、立派な分析基盤を買うことではなく、バラバラのものを、同じ時間軸に並べることです。


何をデータ化するか

「あらゆるものを」と言うと構えてしまいますが、実際に効くのは以下のような、測れるのに測っていないものです。

  • 時間——何にどれだけかかっているか。作業別、案件別
  • 回数——問い合わせ件数、訪問回数、やり直しの回数
  • タイミング——いつ発生するか。曜日、月次、季節
  • 結果——成約したか、クレームになったか、納期を守れたか
  • やめたこと——実は最重要。「やらなかった日」のデータがないと、施策の効果は測れません

コツは 2 つあります。

1. 最初は粒度を細かくする 後から粗くはできますが、粗く取ったものを細かくは戻せません。私が分刻みで記録したのもこの理由です。1 日単位で取っていたら、あの収束は見えなかったと思います。

2. 記録が負担にならない形にする 備品管理の記事で書いた通り、人の意志に頼る記録は必ず途切れます。すでにシステムに残っているログを使う、写真を撮るだけにする、既存の作業の副産物として溜まる形にする——記録という新しい仕事を増やさないのが続けるコツです。


マスキング:ここを雑にしてはいけない

集めたデータを LLM に投げる前に、必ず通す工程があります。

業務データには、ほぼ必ず他人の情報が混ざっています。顧客の氏名、連絡先、取引先の社名、金額、従業員の個人情報。これをそのまま外部のサービスに送るのは、自社の判断だけで決めていいことではありません。

実務としては、次の順で処理します。

1. そもそも要らない列を削る 分析に使わない個人情報は、最初から渡さない。氏名や連絡先は、ほとんどの分析で不要です。

2. 必要なものは、一貫した記号に置き換える 「株式会社ABC」→「顧客 A」、「田中」→「担当者 1」。同じ相手は常に同じ記号にするのがポイントで、そうすれば「顧客 A の傾向」といった分析はそのまま成立します。誰なのかは、手元の対応表を見れば分かる。

3. 金額や日付は、必要なら丸める 正確な金額が要らないなら範囲に、正確な日付が要らないなら週や月に。特定に繋がる情報を減らせます。

4. 対応表は、外に出さない 記号と実名の対応表だけは、自社内に置く。これがあれば分析結果を実務に戻せますし、これが漏れなければマスキングは機能します。

そして前提として、使うサービスの規約を確認してください。入力したデータが学習に使われない設定になっているか、法人向けプランかどうか。ここは会社として一度決めておく話で、担当者が個別に判断する話ではありません。


LLM に分析させる:得意なことと、苦手なこと

マスキングが済んだら、分析させます。ここで期待値を正しく持っておくと、失望せずに済みます。

得意なこと

  • 仮説を大量に出す——「この 2 つに関係があるかもしれない」を、人が思いつかない組み合わせまで含めて出してくる
  • 言葉と数字を一緒に扱う——「クレームの内容(文章)」と「発生件数(数字)」を並べて読める。これは表計算ソフトが最も苦手とするところです
  • 説明させる——「なぜそう言えるのか」を言葉で書かせられる。この説明を読むと、間違った推論はだいたい見抜けます

苦手なこと

  • 厳密な計算——大量の数値の集計そのものは、表計算ソフトや専用ツールの方が正確です
  • 少ないデータの扱い——後述しますが、量が足りないと平気で「それらしい関係」を作ります

依頼の仕方としては、「何を知りたいのか」を先に言うのが効きます。「このデータを分析して」より、「この施策に効果があったかを知りたい。判断できる材料がこのデータにあるか、無いなら何が足りないかを教えて」の方が、圧倒的に有用な答えが返ります。


出てきた「関係」を、そのまま信じない

ここがこの記事でいちばん大事な部分です。

LLM は、相関を見つけるのが得意です。そして相関は、因果ではありません。ここを取り違えると、消してはいけない努力を消します。

罠 1:原因と結果が逆かもしれない

「訪問回数が多い案件ほど、成約率が低い」というデータが出たとします。「訪問は無駄だ」と結論して訪問を減らす——これは危険です。実態は逆で、見込みの薄い案件ほど、何度も足を運んでいたのかもしれない。訪問が成約率を下げたのではなく、決まりにくい案件だから訪問が増えたのです。

罠 2:第三の要因が隠れている

「残業が多い月は売上が高い」——だから残業を増やせばいい、とはなりません。単に繁忙期という第三の要因が、両方を押し上げているだけかもしれない。

罠 3:データが少ないと、偶然を拾う

中小企業の扱うデータ量では、これが本当によく起きます。30 件のデータから相関を探せば、何かしら見つかります。それは意味のある関係ではなく、偶然そう見えているだけのことが多い。

だから、出てきた関係は結論ではなく仮説として扱ってください。そして仮説の検証は、データの中ではなく現場でやります。「効果がないかもしれない」と出た施策を、いきなり全廃するのではなく、一部でやめてみて比べる。差が出なければ、そこで初めて消す。

私の睡眠の話が信じられたのは、単発の相関ではなく、3 か月という期間で、同じパターンが繰り返し現れたからです。削った翌週に必ず戻る、それが何度も。しかも「私の場合は」という限定つきの結論です。他の人にも当てはまるとは言っていません。


それでも、消せる無駄は確実にある

ここまで慎重論を並べましたが、やる価値は十分にあります

なぜなら、多くの会社に転がっている無駄は、微妙な統計的判断を要するようなものではないからです。測れば一目で分かるものがほとんどです。

  • 誰も見ていない定例レポートを、毎月 3 時間かけて作っている
  • 全案件に同じ工数をかけているが、利益の 8 割は特定の種類から出ている
  • 二重に入力している作業がある
  • 手戻りの原因が、実は特定の工程に集中している

こういうものは、記録さえ取れば議論の余地なく見えます。相関と因果で悩む前の段階で、消せるものが山ほどある。

そして本当の価値は、やめる判断ができるようになることだと思っています。

新しいことを始める判断は、比較的簡単にできます。難しいのはやめる判断です。「効果があるかもしれない」「昔からやっている」「誰かが困るかもしれない」——理由がないと、人はやめられない。

データは、その理由を与えてくれます。私が「今日は睡眠を削ろうか」と考えなくなったのと同じように、やめていいと分かったものを、迷わずやめられるようになる。


まとめ

  • ラプラスの悪魔(完全予測)は否定された概念。だが多くの会社は、その不可能の遥か手前——そもそも測っていない段階で止まっている
  • データは「無い」のではなく「バラバラで繋がっていない」。同じ時間軸に並べることが第一歩
  • 記録は細かい粒度で、かつ記録という仕事を増やさない形で
  • LLM に投げる前にマスキング。要らない列を削り、必要なものは一貫した記号にし、対応表は外に出さない
  • LLM は仮説を出すのが得意、厳密な計算と少量データが苦手
  • 出てきた関係は結論ではなく仮説。因果の向き・第三の要因・偶然を疑い、検証は現場で
  • それでも、測れば一目で分かる無駄は多くの会社に転がっている。最大の価値は「やめる判断ができるようになる」こと

悪魔にはなれません。でも、自分の会社で何が起きているかくらいは、知ってから決められるはずです。

Acetyl:Tech は、業務データを「現場が記録し続けられる形」で集め、意思決定に使える状態にする支援をしています。 何から測ればいいか分からない、という段階のご相談から、お気軽にどうぞ

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